余命宣告された。色々あった。まだ道は遠い。でも花粉症は治ったかも?

あ。
このブログ、前回の更新は4月だったんですね。

ちょっと更新するの難しかったっていうか、
ぶっちゃけ余命宣告とかされて結構生きるか死ぬかだったので
許してくらさい(ノ∀`)☆

わりと健康オタクだった

もともと体は弱い方だし持病もあるから、
健康には気をつけてるつもりでした。

10代の頃から本屋に立ち寄れば医学関連のコーナーに立ち寄り、
これは面白いと手に取る雑誌は「健康」「壮快」 「わかさ」という
健康オタクっぷり。
なんて、なんて華のない女子高生なんだ(ノ∀`)

社会に出てからもたびたび体調を崩して
ワケわからん病気になっては退職したりと苦労してきたので、
健康に対する意識はますます高まる一方だったんだと思います。

引越しで親が手伝いに来てくれた時にも

「あんたの本棚、健康絡みの本ばっか(; ・`д・´)」

と少し引かれるくらい健康や医学関連のトピックには興味関心がありましたし。
(まぁ今から思えば間違ったことも散々してきましたが汗)

いつもの不定愁訴だと思ってた

そんな中、体調が本格的に悪くなってきたのは2014年、
つまり去年のお正月が明けてすぐのことです。

体が白湯も受け付けなくなり、
吐きまくって衰弱するということがありました。

その時は直接的な原因は体の冷えでしたが、
あとから思い返せばもうあの時から
おかしな状態になってたんだなー…と。

その後もたびたび派手に体調を崩し、
そのたびに一月に1度の割合で強制断食をしてたような感じで、
体重はどんどん減っていきました。

週一くらいで比較的いつも会う人からも

「また痩せたんじゃないですか?」

と会うたびに心配されたので、本人が自覚してた以上に
ペースが速かったのかもしれません。

もっとも当の本人は

(;´Д`).。oO(ごはん食べられなくて毎月断食してるようなものだからなぁ…)

と「痩せて当然」と受け止めてたので、これも気づかず(ノ∀`)

次第にめまいや立ちくらみ、息切れや血尿その他モロモロも出始めましたが、
なにしろ元々が物心ついた頃から持病を抱えて病弱な体質。
ほとんどの症状が普段よく経験している症状と重なってたため

「またいつもの不定愁訴か」

と思ってました。
一病息災とはよく言ったもので、これが二病や三病だと
慣れすぎてサインを見逃す
という良い教訓ですな( ノД`)

血痰は突然に

そんなのんきな私にも、不定愁訴で済まされない事態が起きたのは
去年のちょうど今頃。
たしか8月の28日か29日です。
いつものように咳をして痰が絡んだのでティッシュに吐き出したら、
鮮やかな血がスッと付きました。

あの時の感覚と言ったら、さすがにのんきな私も足元がぐらついて、
すぐそばにある家具にもたれてしまったのを覚えています。

震える手で携帯をさぐり、知り合いの看護師さんに電話をかけます。

プルルルルルルル…..

「はい、もしもし」

「あ、あの、今け、け、血痰が出たんですけど

病院どこ行けば・・・」

「血痰??

昨日カラオケで熱唱したりしなかった?」

「はい???」

「あとは大声出したりとか」

「・・・(考え中)」

「けっこう喉が切れて血が出ることあるから(^ー^)」

「(ピコーン!)そういえば、昨日久しぶりに大爆笑したかも」

根が単純を通り越して基本バカなので、
すっかり安心して「心配終了!」してしまいました。

この看護師さんには後日責任を感じさせてしまったみたいで、
本当に申し訳ないことしたなと今でも時々反省してますm( _ _;)m

遅まきながら病院へ

その後どんどん加速度的に症状は悪化し、
しまいには近所のスーパーに買い出しに出て倒れそうになりましたが、
その時に考えていたのは

「ああ、運動不足も極めるとココまで具合悪くなるのか」

でしたので、なんとか運動不足を解消しなければと
明後日の方向で迷走してました。

いや、運動厳禁だろ。なぜ安静という発想が出ない。

なんでしょうね、他の人のカラダを体験したことがないもんだから、
自分がそんなに大変な状況だと思ってなかったんですよね。

むしろ昔から自分のことを怠け者だと思って鞭打ってきたので、
今回も自分が体調不良にかこつけてサボりたがってるんじゃないかという
疑惑が最後までついて回ってた気がします。

でもそのうち血痰がまた出るようになった上に、
あっという間に量と回数が増えて喀血もするようになってきたので

「これやっぱ絶対おかしい…!」

と病院に行くことにしました。
11月の中旬から下旬にかけてだったかな。
遅いって!!(ノ∀`)

「あなた、完全な健康体だから」

もし私が過去に戻って当時の自分にアドバイスできるのなら、
早く病院行けよりも伝えたいのは

「You、駅前から送迎バス出てるよ!」

です。
送迎バスあるの気づかなかったせいで片道40分も歩いて通院したせいか、
通院のたびに衰弱するというよくわからない落とし穴が控えていようとは(笑)
↑いや笑い事じゃないから

ともかく片道40分以上かけて初診に行ったら、
その時点で血圧が上80下50とかでした。
人間これだけ血圧低くてもけっこう歩けるもんだなー…
などと感心してる場合じゃありません。

医者も看護師も血圧見てもノーコメントでしたが、
血圧高けりゃ騒ぐのに低い分には大丈夫って風潮はおかしなものです。
低血圧も侮れません。少なくとも本人はすごくツライ。

初診ですが、こりゃハズレ引いたなーと思いました。
患者の顔を見ないのは大体どこの病院でも一緒なのが嘆かわしい限りですが、
目の前でずっと貧乏ゆすりをイライラと続けられてすんごいストレスでした。

血痰も何か参考になるんじゃないかと持ってったのに、
そんな汚いモノなんで持ってきたの? って嫌そうな顔で一瞥されるし、
嫌そうな顔されるだけじゃなくて実際に

「あー肺から出てるのはわかったから、そんなモンしまって」

と言われて傷つきました。
うん、確かに汚いけどさ。私だって好きで持ってきたんじゃないよ(T ^ T)

ひょっとして消化器内科が専門で呼吸器のことよくわからんのかも!…と
めいっぱい好意的に考えたのに、帰りに院内掲示板の前を通ったら
ドクター紹介貼られてて、呼吸器内科のドクターだった事実に軽く絶望orz

このドクターってばもう見事なまでに患者に興味のない人で、
2回目の診察のときなんか

「で? 鼻血は止まった?」

といきなり言われたのでキョトンとするしかなかったのですが、
やる気なさげに自分の書いたカルテ見て

「ああ鼻血じゃなくて血痰か」

とか言うので萎えます(›´Д`‹)
血液検査の結果をいかにも面倒そうに読み上げて終わりに言われたのが

「カリウムがちょっと多い程度。まったく問題ありません」

「問題なし、ですか…」

「ええ、血液検査見る限り、あなた完全な健康体だから」

「血痰出てても」

「はい」

わけわかりません(;´Д`)
っていうかごめんなさいね、ちょっと暴言吐かせていただくのですが、

正直コイツ馬鹿なんじゃないかと。

血痰の他にも問診票に書いた症状の数々を見て
あなた健康ですとか(´Д` )
あ、そうか。問診票見てなかったのかもしれない。

っていうか血痰出てるのに慌てて病院行かなかった患者に
バカ呼ばわりされるとか、医者もやりきれんかも(笑)

すげー勢いで全力で逃げ出したの巻

とにかく健康体のお墨付きをいただいたので、
こんなところに長居は無用です。
医者も帰れオーラ全開を隠そうともしないので帰り支度を始めたところ

「あ、レントゲン撮ってたんだっけ」

と電子カルテ見て気づいた様子だったので、帰り支度は一旦停止です。
次の瞬間、医者は貧乏ゆすりを止めて初めて前のめりになりました。

その後はCT撮って、家でのほほんと過ごしてたら病院から電話があって、
すぐに結果を聞きに来てくれって言われたから何告げられるかは
大体想像ができました。

それまでのぞんざいな扱いはどこへやら、
ものすご〜く熱心なお医者様に変わられた先生は
今すぐにでも気管支内視鏡検査をやらせろと大張り切りだったのですが。

今までが今までです。
こいつに任せたら検査で死にそうと思った私は

  • 気管支内視鏡はオエッてえずく程度で患者の方はリスクなし!
  • でも難しい場所だから成功率は五分五分、100人医者を集めてもそれは一緒!
  • 初回で失敗したら2回目以降も成功する確率ほぼないから、そしたら開胸手術!

と聞かされて

(´Д`|||).。oO(いや、管突っ込んで肺の中ぐりぐり進むのにリスクないって言われても)

と逆に怖くなり、

「私はどこでやっても一緒だから先生にお願いしたいと言ったのですが

親が、親が大病院に行ってくれって、泣くんですっ( ;∀;)」

と特に前半、心にもない大嘘ぶっこいて無理やり紹介状書いてもらいました☆
いやー、最後まで内視鏡やりたがって医者がしぶったのなんの(ノ∀`)

国立がんセンターはいい病院でした

最初は大学病院に行こうと思ってたのですが、
タイミングが合わなかったり
最初に相談した看護師さんがめちゃくちゃ頑張ってくれたりと
色々あって、いきなり天下の国立がんセンターにお世話になりました。

ここね、マジいい病院でしたよ。
いや、だからってみんなで行こうとは言いませんけど、
少なくとも病院行ってホスピタリティーって言葉思い出したのは初めてです。

まず、とにかく患者に負担がかからない。
ここ行ったら最初に検査を散々することになるのですが、
ただでさえ衰えた体に検査巡りってけっこうキツイんですよ。

それが順番といい検査のやり方といい、負担が最小限。
CTなんて廊下から入ってすぐに受けられるんですよ。
靴も脱がないでいいって徹底ぶり。
靴脱いでるとその分時間もかかるし、そもそも靴脱ぐのもつらいんで(ノ∀`)

ナースさんたちだけでなく、薬剤師さんや事務の人たち、
みんなが一丸となって負担を減らしてくれてる感じ。
あとあと! 洗面所で手を洗う時お湯が出るんですよ(*゜∀゜)=3!!←ド庶民
ほんと、がんって診断されない限りお世話になれないのが
心から残念
ないい病院でした。

関係ないけど、なんでがんセンターの駐車場って
あんな高そうな車ばかりなんでしょうね?
ベンツやBMWだけでなく、でかいアメ車とかがやたらと多くて
我が家のスズキの軽、浮きまくり。

101人目の男、現る。

そうそう、先生も気さくで頼り甲斐のある感じの、素敵ないい先生でした。
欠点なんて既婚者ってことぐらいしか見当たらない←

気管支内視鏡検査も結局やることになってげんなりしたのですが、
前の病院で言われた

「成功率は五分五分、100人医者を集めてもそれは同じ」

をぶつけてみたら、ビミョーな顔したのち

「うちだったら8割の確率です!」

って断言されました。
さすが国立がんセンター、
いきなり101人目の医者が見つかるとは(ノ∀`)

あ、それからリスクの説明もちゃんとしてもらえました。
まぁ死ぬってことは滅多になさそうですが、
やっぱり気胸になることとかもあるみたいです。

ちなみに気胸にはなりませんでしたが、
検査の翌日とつぜん39度近い高熱と呼吸困難を起こして
死ぬかもとは思いました。
人によってはそういうことも起きるそうです。

なーにがえずくだけでリスクないだよアッハッハッ。

教訓:検査で死にそうと感じたら他も当たれ。

がんじゃない??

そんなこんなで気管支内視鏡検査をしました。

気管支内視鏡ってほんとキツイって聞きますが、
ここでは呼吸器に麻酔を徹底的にかけた上に
さらに麻酔で眠らせてくれるので(カウント8あたりから意識ない)
気がついた時には検査終わってました。

あと患者一人に対してたくさんのスタッフさんが
検査室に控えてくれてたんですよね。
うわー、これだけのスタッフさんがこの検査の現場にいてくれるなんて、
とすっごく心強かったです。
がんセンターで検査できて本当にラッキーすぎ。

そして組織検査の結果、がんではありませんでしたヽ(*´∀`)ノ

でもそのうち大量喀血してどっちにしろ死んじゃう病気でした(´・ω・`)
なにこの典型的ないいニュースと悪いニュース(笑)

がんではなかったけどウチでなんとかしてあげられないかって、
呼吸器外科の先生に相談してくれたそうです。
でもこれはちょっと難しいから、同じ症例をいくつも手がけた先生が
手術した方がいいって断られたとか。

それで過去に同じ病気の手術例がある大学病院に紹介状を書いてもらったのですが。

ファイナルアンサー

調べてみたらこの病気の手術自体そんなにないらしくて、
国内でもトップクラスの症例数を誇る病院でも過去のトータルで40例前後。

おまけに手術をしても再発・転移してる例もあり、
手術がきっかけで深刻な合併症を起こし苦しんでる人も多いことを知りました。
ただでさえ

「内臓全部揃っててもこんなにしんどいのに、取っちゃってマジ、ダイジョブ?」

「っていうか去年椅子にぶつけて爪割っちゃった足の指がまだ痛むんだけど、

胸切ってガバッと開いちゃったら後々もっと痛いんじゃね?」

と元々手術から逃げ出したかった私としては、
これらの情報集まった時点でアウト敵前逃亡です。

薬は薬でほとんど効かず、

「この薬投与したら患者が生きて退院しました!」

という 喜びの声 症例報告がたった一例だけでも論文になってるし、
そもそも効果を狙って本気で必要量を投与したら
大半の患者が副作用に耐えられない、などなど。

最後の最後でいい病院、いい先生に巡り合えたけど、
実は過去にも血液検査の結果

「あなた、完全な健康体だから!」

と笑顔で太鼓判押されてその後寝たきり生活になったこともあるので、
医療への信頼感という名の堤防が長い年月かけて少しずつ壊れてたのでしょうか。
なんだか調べてるうちに、次第に治療を受ける気がなくなってしまいました(´∀`)

なんていうか、もう散々付き合ってきたからいいだろ、みたいな。

ちなみに血液検査の結果ってそれほどアテになりません。
だって普通に受ける血液検査って、項目が足りなすぎますから。
そこで問診から考えられる病気向けの項目を追加して検査するのですが、
医者の頭に浮かばない病気が原因だったらそもそも引っかからないわけです。

今回最初に行った病院だって、レントゲンそのまま忘れられてたら
私「健康」だったわけですからヽ( ´ー)ノ

がんセンターではドクターはじめ医療スタッフの皆さんに恵まれましたが、
次のところでも恵まれると思えるほど甘い経験はしてきてないワケですよ。
今回のことに限らず、過去何年、何回にも渡って。

そして美しい日々は続く

…というわけで病院と医療に背を向けて歩き出した私ですが、
おかげさまでまだ生きてる上に今年は花粉症も本格的な夏バテにも
まだ苦しまずに済んでます。 

…って、詳細省きすぎて脈絡のないオチになってしまったけど(;´∀`)
結果的に風が吹けば桶屋が儲かる的イミフなタイトルになってしまって
すみませんでした(∀`*ゞ)エヘッ☆

このブログは見る人ほとんどいないけど、
今回の内容は書くのにちょっと勇気がいりました。

心配してくれる人たちにはつべこべ言わずに病院行けって言われるし、
今の医療を批判してるように思われちゃったら怒る人や悲しむ人もいるだろうし。
正直それで叩かれたりdisられたりしたら、
ただでさえ貧弱なHPが即ゼロになりそうだし(笑)

それでも書いたのは、なかなか滅多にない体験したな〜って、
やっぱり面白がる気持ちがどこかにあったからで、
こんなこと正直に書いちゃったらもっと怒られそうっすね(笑)

がんではなかった。…と言われた。
でもせいぜい半年から今年一年もつかどうか。

がんじゃなかったと聞いて大喜びしてくれてる人たちに、
とてもじゃないけどこんなこと言えませんでした。

今だから言えますが、血痰や喀血だけでなく血尿や下血、
吐いたものに血が混じるなどの症状もあったのに、
私ってばがんセンターの問診の時に話すの忘れてたんですよね。

いや、なにぶん喀血のインパクトが強すぎたし、
がんセンターに患者として初めて行ったせいか緊張してたし
変なテンションだったし。

皮肉なもので、がんセンターで紹介状もらって帰った晩に久々に吐いて

「ああ、そういや吐くと血が混じるんだっけ…」

とようやく思い出したんですよね。
ずりずりとトイレのドアにもたれながら地べたに座り込んで
途方にくれたことが昨日のことのように思い出されます。

親は大喜びしてあちこちに電話かけてるし、誰にも言えない、と思いました。
あんなに深い孤独を感じたのは、生まれて初めてだったなぁ・・・。

早いものであれから半年以上も経ち、
まだまだ余裕には程遠いものの無事生きてます。

ちなみに、あとでわかったのですが、
結局転移済みのがんでした。

要するに、がんとがん以外の病気、
両方抱えてたわけですね(;´∀`)

本当に、よく生き延びたものだと……。

何もかもが新鮮に映る、本当に美しい7ヶ月間でした。

風が木の葉を揺らす。
グラスの水越しに、手の中で光が踊る。
外を通る車の音が聞こえる。
大事な人たちが生きててくれる。

そんな何気ないことがすべて美しくて、
本当にこの世界は素晴らしいと実感できた、かけがえのない期間でした。

同時に思いました。
不満を持てるというのは、余裕のある証拠なのかもしれないって。
それはそれで祝福にも近い、素晴らしいことじゃないかって。

人間感謝が大事っていうけど、
感謝は通奏低音のように持ちつつ

「ありがたいなぁ。でも、もっとちょうだい♡

って図々しいくらいの気持ちを持てるのが、健全なのかも。
ありがたいばっかりだとピュアになりすぎて、
うっかりそのまま昇天受け入れてしまいそうだったっていうか(笑)

持病でも死にかけたことは何度かあるけど、
こんなにジワジワと死に向かったことはないから
今回ほど色々と考えさせられたことはありませんでした。
高いサプリ善意から売りつけられたのも初めてだし(´∀`)

すんません、長くなってしまいましたね。
とりあえずこの辺で切り上げておこうかな。
ま、そんなこんなで気分がノッて体調のいい時にはまたブログ更新していきます♪